SC月報40号
事務局きまぐれ日誌
<某月某日>
先月号で、ジムのプールの件を書いた。体というものは、実に正直だ。僅か数ヶ月
のブランクでも、たちどころに影響が出る。あれから、努力の甲斐あって、どうに
か1キロは、平気で泳げるまでに体力も回復した。やはり、日々の積み重ねは大き
い。「継続は力なり」は、本当だ。
<某月某日>
とうとうと言うか、やっとと言うか、金澤編集長が積年の願いであった電子メール
アドレスを取得された。これで、私も、FAXサービスというコストのかかる方法
ではなく、直接、電子メールで連絡できる。NIFTYとかPC−VANのような
全国的なパソコン通信ネットは、インターネットにも加盟しているので、そのID
を取得すれば、自動的に全世界を結ぶE_MAIL網に加入したことになる。早速
金澤編集長にアドレス開設オメデトウメールを発信した。翌日、返信メールが届い
ていた。彼のメールボックス第1号の到着メールとなったようだ。
<某月某日>
今、この原稿を作成しているマシンは、東芝の「リブレット50」というVHSビ
デオテープと同サイズのものだ。ずいぶん小型だが、ウィンドウズ95をOSとす
る本格的なパソコンでもある。事情でIBM530がぶっ壊れたので、前々から欲
しいと思っていたマシンに乗り換えたのだ。小型軽量で持ち運びに便利だ。もちろ
ん、マイツールがインストールできるのも考慮の内だ。キーボードが小さいが、以
前、シャープのポケコンを触っていたので違和感はない。それにしても、コンパク
トだ。NIFTYの流通フォーラムで活躍されている泉田先生もリブレットを愛用
されている。はるか、インドネシアからの書き込みもあった。マタハリ百貨店の指
導に定期的に訪問されているのだろう。昔、シンガポールから日本への機中、泉田
先生と隣席になり、先生が、どこかの会報誌の原稿を執筆されている姿を拝見した
ことがある。あの頃は、紙片に筆記具というスタイルだった。
<某月某日>
総会準備時期に、事故で入院してしまった。病院生活も、これで都合、5回目とな
る。私の年齢で5回の入院というのは、少し多いように思う。それぞれ別の病名な
ので仕方ないが・・・・・・総会資料の半分ほどは完成しているが、総会案内状や、次期
事業計画案、予算案といった肝心の文書が未完成だったので、和歌山の加藤君に助
っ人してもらった。パソコン通信で業務連絡は簡単に取れるが、病室ではプリンタ
ーが扱えない。元々、JSC本部というのは、慢性的な人手不足だ。私一人だけで
、理事長、事務局長、雑役といった仕事を兼務しているのだから、当の本人が入院
すれば、業務が停滞してしまうのは自明の理だ。加藤君には、ホテルの会場予約ま
で頼んでしまった。商店街関係やSC関係の会議は、全てキャンセルだ。当然、ジ
ムのプールにも行けない。また、ゼロからスタートしなければならないだろう。
<某月某日>
レントゲン撮影の結果、胸骨の骨折個所は、快方に向かっているとのこと。痛みを
我慢するだけの日々というのは、むなしいものがある。JSCの会合が社会復帰の
第1歩となってくれればいいが・・・・・・
<某月某日>
病室で、リブレットの小さな画面に、この原稿を打ち込んだが、今月号は、お茶を
濁した様なものとなってしまった。申し訳ない。では、これを、PHSの電波に乗
せて、金澤編集長のIDに送信してみょう。
<某月某日>追加
病室の携帯電話に悲しい知らせが入って来た。JSCメンバーにもなじみの「芹」
のママ(中田基代子さん)が、4月18日に急逝されていたそうだ。丁度、私の入
院と相前後している。突然の知らせに呆然自失だ。ご冥福をお祈り致します。
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